『マレーシアに学ぶ経済発展戦略』を読んで
東南アジア株式新聞 2024年11月9日
『マレーシアに学ぶ経済発展戦略』を読んで
『マレーシアに学ぶ経済発展戦略 「中所得国の罠」を克服するヒント』(著者:熊谷聡・中村志、2023年、作品社)を読んだ。
わかりやすく書かれたマレーシア政治経済史だ。
著者らは、表面上、「中所得国の罠」を軸にマレーシア経済の歩んできた道を説明している。
だが実際には、政治・政策の変更や転換を見ながら、独立後から現在までのマレーシアの経済発展を1つの流れとして理解できる。
個人的にこういう本がほしかった。
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マレーシアに学ぶ経済発展戦略(表紙カバー) |
堅実な中身に挑発的なタイトル
この本の中身は、堅実な章立てとなっている。
およそ20年間を各章が扱う期間とし、それぞれの時代に合った「低所得期の課題とその克服」「産業高度化の実態と課題」などのテーマをそれぞれの章タイトルとしている。
読みながら思い出した。
1980年代、マハティールさん(当時首相)の「ルックイースト」は、経済大国になりつつあった日本の人々を喜ばせた。
80年代後半に大学生だった私は、マレーシアからの留学生(男女混合)と机を並べて英語の授業を受けたことがある。(ちなみに当時、彼らは英語が下手だった。たどたどしい日本語で話してもらうほうがコミュニケーションには有効だった。今や、クアラルンプールなら英語で不自由はない。隔世の感)
1990年代後半、TIMEやBusiness Weekなど米ニュース雑誌で、アンワルさん(元首相)が経済政策通の政治家として紹介されていた。
アジア通貨危機では、マハティールさんがIMFと戦い、ヘッジファンド口撃をしていた。アンワルさん失脚。
私が少しだけ知っていたマレーシアで何が起きていたか、この本で理解を深めた。
ところで、著者たちがどれだけ意識したかは知らないが、「マレーシアに学ぶ」というタイトルを日本語の本につけると、挑発的なタイトルとなる。
多数の日本人は世界を知らず、その人々にとってマレーシアは今でも途上国・新興国の1つだ。
彼らは、日本がマレーシアに学ぶことなんてあるわけないじゃん、という反応をするだろう。
3年前からクアラルンプールで暮らす私は、コロナ後のマレーシアは常に経済好調なのを実感している。何10年も停滞している日本とは別世界であり、明るい未来が約束されているような国だ。
日本に帰るたびに知人にそんなことを説明しているが、おそらく理解度は低い。
政党や政党連合が社会のニーズに合わせて政策を変える
私自身が「マレーシアに学ぶ」ことができると思ったのは、政党や議会のダイナミズムだ。
マレーシア政権は、政党連合の国民戦線(BN)が長く担当してきたとはいえ、3党か4党の連合。
それぞれマレー原住民系、中華系、インド系を代表する政党だけに、長く連合していても合併しない。
2018年に対抗勢力として台頭した希望連盟(PH)も4党連合だった。
2022年にはアンワル政権が誕生したが、大きく飛び抜けた議席数の政党がなかったためPH‐BN連立という、対立軸満載の、不安定な政権基盤だ。(それでも今までのところ安定している。経済好調のおかげだろう)
第5章の終盤に次のような記述がある。
「前章で見たメリトクラシー(能力主義)の重視と同様に、民族別割当制から民族を問わない再分配政策へのシフトもまた、選挙によって促されたものといえる。1970年代・80年代においてはブミプトラ政策が格差を縮小し経済の包摂性を高めるのに寄与したが、90年代になるとその効果は薄れた。野党がこれを感知してニーズにもとづく再分配政策への転換を訴え、多数の有権者がそれを支持したために、政府は票の回復を図るべく、野党の要求を自主的に実行した。次の選挙で与党が票の奪還に失敗し、政府がブミプトラ政策の最強化に向かうと、その次の選挙では政権交代が実現し、軌道修正が図られた。マレーシアでは、選挙が政策を社会のニーズに沿ったものへと変化させてきたのである。」
日本が学べる(学ぶべきな)のは、連合・連立の組み換えのことではない。民意を反映する政党や政権の行動だ。
日本では今、分配政策上一番の問題である社会保障の改革についてどの政党も不可侵ないしは無視の姿勢であり、小党乱立していても大きな対立軸を持っていない。民意を反映する役割を果たさない政党ばかりになっている。
(本気で公的な保険と年金の制度を改革するなら、国民民主党が唱える年収の壁など些末な問題だ。)
社会保障予算を削っても将来のための成長政策に使うという政党があってもよいはずだが、いない。
10月の総選挙では、全政党が経済成長・発展戦略をまともに語りはしなかった。
多民族国家で常に利害対立が可視化される国のほうが、議会制民主主義に向いているのかもしれないが。
ついでに言うと・・・
もう一つ好きな箇所がある。
終章 「中所得国の罠」脱出のヒントと課題 に次のような記述がある。
「マレーシアを反面教師として学ぶ必要があるのは、通貨安の放置である。」
「自国通貨については割高に保つよりは割安に保つほうが経済成長にとってプラスであるとの研究がある。ただし、そうした効果は所得が上昇するにつれて消失するとされており、マレーシアが高所得国入りした後には内需拡大との整合性からも、通貨価値を適正に保つ努力が必要だろう」
すでに高所得国の日本がどうすべきかは言うまでもない。
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