番外編:『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』唐鎌大輔著を読んで

 東南アジア株式新聞 2024年7月20日

『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』唐鎌大輔著を読んで


  
『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』唐鎌大輔著
『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』唐鎌大輔著


みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏の新刊『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経プレミアシリーズ)を読んだ。

著者は円安が継続する構造を、統計情報の解読を通じて、解き明かす。


円の為替レートについて語るアナリストの間では、「日米の金利差さえ縮小すれば円高に戻る」と信じる人も多い。

しかし本当だろうか?

この本を読めば、そうした一見論理的な”信仰”は捨てたほうが良いと思うようになるだろう。

想像力が豊かな人なら、恐怖を感じるかもしれない。



新書版にしては分厚い本だが、第1章と第2章をしっかり読むだけで、日本円の現在の状況について新しい現実が見えるようになる。

以下、私が理解したことを簡単に紹介する。(必ずしも著者の言葉を使わないので、深く知りたければ、同書を読んでもらいたい)



第1章  「新時代の赤字」の正体


現在、日本の経常収支は、①貿易収支の赤字、②第一次所得収支の黒字、③旅行収支の黒字、④その他サービス収支の赤字、という特徴を持っている。

「新時代の赤字」とは、④その他サービス収支の赤字、のことだ。


2023年、その他サービス収支は6兆円弱の赤字(過去最高)。それに対し、旅行収支は3兆6千億円の黒字(過去最高)に過ぎない。


「新時代の赤字」を品目で言い換えると、デジタル、コンサルティング、研究開発、そして保険・年金サービスのことだ。


これらの品目を眺めれば、日本企業や日本人が ”外資” 外国企業への支払いをいっぱいしているという現実は否定できないだろう。


  • デジタル:たとえばクラウド・サービスであれば、AWS、グーグル、マイクロソフト、オラクルなどのサービスを利用する企業が圧倒的に多い。

  • コンサル:経営コンサル、戦略コンサルなど企業向けの高額コンサルはほとんど外資系だ。デジタル化のコンサル需要が多い今は、デジタル赤字と重なってもいる。

  • 研究開発:研究開発に関するサービス取引のほか、研究開発の成果である産業財産権(特許権など)もこの項目に入る。

  • 保険・年金サービス:再保険・貨物保険の損害保険料など。外貨建て投資商品の利用が増えれば、外資の再保険サービスを利用することが増える。


これら「新時代の赤字」の特徴として、価格が下がることがほとんどなく、一方的に値上げされてしまうことが多い、ことがある。

原油価格なら下がることもあるので、赤字が減ることもある。旅行収支も増減がある。

しかし、「新時代の赤字」は積み上げられていく一方になる可能性が高い。


ドル買いが優勢(円安)が継続する要因だ。



第2章 「仮面の黒字国」の実情


2023年の日本の経常収支は1450億ドルの黒字(世界第3位)だった。

今でも日本は経常黒字大国である。それは事実。


しかし、「経常黒字だから、いずれ円高に戻る」とは言えなくなっている。


唐鎌氏は、キャッシュフロー(CF)で見ないと、経常黒字が「円買い➡円高」につながるかどうかは判断できない、と新しい視点を提案している。


日本の経常収支黒字の正体が投資収益であることは確認した。CFベース経常収支を考える上では、この投資収益が本当に日本に戻ってくのるかという点だ。言い換えれば投資収益はどの程度、円買い需要として期待できるのかという話である


投資収益は、企業の海外での直接投資(会社・工場・不動産)や企業・個人の海外証券投資からのリターンなどのこと。


2022年の統計の中身を精査した結果、唐鎌氏は次のように言う。

経常収支は統計上でこそ約+11.5兆円と黒字だったものの、CFベースでは約▲9.7兆円と大幅な赤字だった疑いが強い


つまり、稼いだ外貨はそのまま外貨として海外で保管・使用・再投資される部分が大きい。

その部分は、円買いにはつながらない。



さて、この2つの章を読んだだけで、今の日本経済には円安傾向が継続する構造ができている、と理解できる。


唐鎌氏は、そんな現実を読者に突きつけたうえで、第5章 日本にできることはないのか—―円安を活かすカード で、建設的な提案を試みている。少しだけ紹介する。


円安を活かす主戦場は、(人出不足で限界が近い)インバウンド観光ではなく、対日直接投資の推進だ、と言う。

そして、

「「資本は欧米、業種は製造業」から「資本はアジア、業種は金融・保険業」という価値観の変化が必要になっていそう」とも。





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