日本ベトナム経済協力、「脱炭素に2.9兆円投資」の中身

 

東南アジア株式新聞 2025年4月29日

日本ベトナム経済協力、「脱炭素に2.9兆円投資」の中身

石破首相がベトナムとフィリピンを訪問中だ。29日にはベトナムを発ち、フィリピン入りした。


ASEAN諸国の多くは、トランプ関税で高い税率を課される予定だ。

そんな状況下の4月中旬に、中国の習近平国家主席がベトナム、マレーシア、カンボジアを訪問し、貿易・経済協力を説いて回った。

ASEANが中国寄りに傾けば、アジアの安全保障のバランスも危うい。

このため、1月にマレーシアとインドネシアを訪問した石破首相だが、急遽、ASEANを再び訪れることになったと言われている。

つまり、今回のASEAN訪問には、貿易・経済協力と安全保障の協力という2つの目的があるとされる。米国市場以外での(いわば米国抜きでの)経済発展戦略と反中・親米側での防衛協力という、少しねじれた2つである。


ベトナム滞在中だった昨日(28日)、石破茂首相は、ファム・ミン・チン首相との会談で、日本の官民がベトナムの脱炭素事業に約2.9兆円投資すると伝えた。

  
石破首相のX投稿(2025年4月28日)
石破首相のX投稿(4月28日)




日本経済新聞の4月28日の記事:

ベトナムの脱炭素に2.9兆円投資 首相が表明、自由貿易の重要性確認 - 日本経済新聞

石破茂首相は28日、ベトナム首相府でファム・ミン・チン首相と会談した。洋上風力発電や送電網の整備計画など、ベトナムの脱炭素事業に最大200億ドル(約2兆9000億円)を官民で投じると表明した。米国の関税措置を踏まえ、自由貿易体制の重要性を確かめた。

(中略)

第1弾として10件超の投資計画を選定した。住友商事や丸紅などが最大100億ドル(約1兆4500億円)規模を投じる洋上風力発電の案件などを選んだ。日本の低炭素技術や資金を活用し、早期の事業化をめざす。

半導体、人工知能(AI)、量子技術といった先端分野でも日本の支援を拡充する。

(以下略)


さて、「最大200億ドル(約2兆9000億円)」と大きな金額が出ると中身が気になるものだ。


外務省サイトで調べてみると、以下のページがあり、共同プレスリリースが読める。

日・ベトナム首脳会談|外務省

日ベトナム共同プレスリリース(経済協力部分の冒頭、注目箇所をハイライトした)

4 経済関係の強化 

(1)両首脳は、ベトナムの「新しい時代」における行政改革を含む目に見える形での 投資環境の改善が日越経済関係の更なる発展にとって必要不可欠であるとの認識 で一致した。また、両首脳は、両国が関心を有する半導体、人工知能(AI)、量子、D X/GX、エネルギー、戦略インフラ、防災、人材育成、サプライチェーンといった分 野において、協力可能性を検討していくことで一致した。

 (2)両首脳は、2023年12月の日越首脳会談に際して発出した「日越間の経済分 野における重要な取組」において日越間で促進すべき経済分野における主な取組 として特定された【ファクトシート案件リスト】の進捗を総括し、着実な進展があったこ とを高く評価した。両首脳は、特に、日越経済協力の象徴ともいえる「ホーチミン市 都市鉄道1号線」の開業、ビンフン下水処理場の増設及びエンサ下水処理場の試 運転開始、ウイルス性肝炎予防対策強化プロジェクトの実施、日越大学の円借款に よる新キャンパス建設に関するベトナム政府からの正式要請を始めとして、顕著な 進展があったことを歓迎した。


(中略)

(4)両首脳は、脱炭素化、経済成長、エネルギー安全保障の同時実現や各国の実 情に応じた多様な道筋によるネット・ゼロの実現といったアジア・ゼロエミッション共 同体(AZEC)の原則を認識しつつ、総事業規模約200億ドルの「日越協力プロジェ クト(第一弾)」(別添ファクトシート案件参照)の選定や JBIC や進出日系企業等に よるエネルギートランジション支援における官民連携の進展を歓迎し、同プロジェク トの実現に向けた協力を推進するとともに、バイオマス発電等さらなる協力を追求す ることで一致した。両首脳は、今後のベトナムにおけるLNG・ガス火力発電所の整 備に向け、ベトナムの法令規定遵守が前提である中で、日越相互の利益につなが るとの観点から、法制度面や運用面を含め、必要なビジネス環境の整備に向け双 方で取り組んでいくことを確認した。また、両首脳は原子力分野における引き続きの 二国間の協力を確認した。

(以下略)


「総事業規模200億ドル」について以下のことが読み取れる。

  • 「日越協力プロジェクト(第一弾)」であること

  • 「別添ファクトシート案件」であること

  • それゆえ、2023年の日越首脳会談のときの「日越間で促進すべき経済分野における取組として特定された」事業群であり、今回の首脳会談で「進捗を総括」されたこと


「別添ファクトシート案件」は以下の通り。


  
日本ベトナム共同発表文の別添部分、2025年4月28日
日本ベトナム共同発表文の別添部分



これらの案件は、継続中のものであり、政府負担部分については(少なくとも頭出し部分には)すでに予算措置が付いている、または、財政投融資案件となっている。

「財政難の日本政府が2.9兆円もどうやって出すんだ?」と悩む必要はない。


それに、冒頭の日経新聞の記事が「最大200億ドル(約2兆9000億円)を官民で投じる」と書いている通り、民間(日本企業)が負担する金額も大きい。

「住友商事や丸紅などが最大100億ドル(約1兆4500億円)規模を投じる洋上風力発電の案件など」とも書かれている。

これらは過去に記事になっている。


2025年3月6日の記事:

日越共同で脱炭素投資、住商や丸紅参画 総額3兆円 - 日本経済新聞

日本企業がベトナムで風力発電など脱炭素投資を加速させる。日越政府は5日、住友商事や丸紅などが最大100億ドル(約1兆5000億円)規模の投資を検討する洋上風力発電など14件の投資案件について、早期に事業化させることで合意した。投資総額は最大200億ドル(約3兆円)規模を見込む。

(中略)

今回、早期事業化の対象になったプロジェクトのうち、想定される投資規模が最大なのは、丸紅や住友商事、熊谷組などが検討する洋上風力発電所の建設計画だ。日本側は、投資額が複数の洋上風力発電所の合計で最大100億ドルになると説明した。


「投資総額は最大200億ドル(約3兆円)規模」「洋上風力発電所の建設計画だ。日本側は、投資額が複数の洋上風力発電所の合計で最大100億ドル」。すなわち、昨日、日越首脳会談で言及された金額と一致する。


冒頭の記事の見出しは、「ベトナムの脱炭素に2.9兆円投資 首相が表明」ではなく、「首相が改めて表明」または「首相が再確認」のほうが適切だった。



ただし、「ファクトシート案件リスト」にない新規事業には今後、予算措置が必要になるが、たいていは既存の政府事業に組み込む形で行われるようだ。


たとえば、日ベトナム共同プレスリリースのうち以下の箇所:

(7)両首脳は、ベトナムが2030年までに半導体人材5万人を育成するとの目標を 掲げていることも念頭に、日越大学を含む高等教育機関、高専、研究機関とも連携 した半導体人材の育成を推進することで一致した。具体的には、両首脳は、500人 の半導体博士を育成するというベトナムの目標に向けて、日本が日 ASEAN 科学技 術・イノベーション協働連携事業(NEXUS)国際共同研究を通じた半導体分野のベト ナムの博士後期課程学生の延べ250人程度の受入れやさくらサイエンスプログラ ム半導体を含む先端科学技術分野での次世代人材交流促進を行うことについて一 致した。


(9)両首脳は、NEXUS プログラムに基づく半導体に関する共同研究プロジェクトの 共同出資を通じたベトナム半導体分野の研究能力向上に対する日本の支援を含 め、科学・技術、イノベーション、DX の分野における協力を日越二国間関係の新た な柱とし、この下で、人工知能(AI)、量子等の分野において協力の可能性を検討し ていくことで一致した。



「日 ASEAN 科学技 術・イノベーション協働連携事業(NEXUS)」と「さくらサイエンスプログラム」は、国立研究開発法人・科学技術振興機構(JST)の事業であり、毎年、予算が付く。

事業紹介|日ASEAN科学技術・イノベーション協働連携事業|NEXUS





ベトナム側での報道も見ておこう。社会主義の国らしい内容ではあるが。


Viet Nam News の4月29日の記事(中身は国営VNA通信):

日本の首相、ベトナム公式訪問を終える

Japanese PM wraps up official visit to Việt Nam


石破茂大臣夫妻は日本政府代表団とともに火曜日に、ファム・ミン・チン首相夫妻の招待による3日間のベトナム公式訪問を終え、ハノイを出発した。

(中略)

石破総理のベトナム公式訪問は成功裏に終了し、両国関係のより緊密で効果的な新たな時代を開き、両国民の利益にかなうとともに、地域および世界の協力と発展に貢献した。





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